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大阪地方裁判所 平成8年(ワ)9229号 判決 1997年8月26日

原告

永石つたゑ

被告

山田運送こと山田忠

ほか三名

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金五八七六万九七六九円及びこれに対する平成五年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告らは、原告に対し、各自金九四七一万六五七八円及びこれに対する平成五年四月一日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、高速道路上での複数車両の衝突事故によって漏出気化した薬剤の吸引のため死亡した永石宣邦の相続人である原告が、被告角博幸及び同志田正清に対しては、民法七〇九条に基づき、同山田忠及び同高知運送有限会社に対しては、民法七一五条及び自賠法三条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実及び証拠により比較的容易に認められる事実

1  事故の発生

左記交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

日時 平成五年四月一日午前一時三〇分頃

場所 愛知県岡崎市欠町地内東名高速道路下り線二九四・七キロポスト付近

事故車両一 大型貨物自動車(奈良一一き一一六四)(以下「角運転車両」という。)

右運転者 被告角博幸(以下「被告角」という。)

右保有者 被告山田忠(以下「被告山田」という。)

事故車両二 普通貨物自動車(岐阜一一む七〇七五)(以下「安岡運転車両」という。)

右運転者 安岡和浩(以下「安岡」という。)

事故車両三 大型貨物自動車(高知一一き一三四六)(以下「志田運転車両」という。)

右運転者 被告志田正清(以下「被告志田」という。)

右保有者 被告高知運送有限会社(以下「被告高知運送」という。)

事故車両四 大型貨物自動車(滋賀一一き二三〇五)(以下「永石運転車両」という。)

右運転者 永石宣邦(以下「故永石」という。)

態様 被告角は、角運転車両を運転して本件事故現場付近の東名高速道路下り線を走行中、突然上り線に飛び込み、上り線を走行中の安岡運転車両に自車を衝突させ、安岡運転車両を停止させた。

被告志田は、志田運転車両を運転して上り線を走行して右衝突現場に差し掛かり、自車を安岡運転車両に衝突させた。

その後、志田運転車両は炎上した。

被告角は、安岡運転車両に衝突した後、さらに上り線を走行してきた永石運転車両に自車を衝突させ、永石運転車両を停止させた。

2  薬剤漏出

志田運転車両は、クロルピクリン(農業用殺虫剤)を積載していたところ、右衝突・炎上により、クロルピクリンが漏出気化した。

3  故永石の死亡・相続

故永石は、クロルピクリンの吸引による肺水腫のため、平成五年四月一日午後二時三分、死亡した(甲一、丙一八、二四、弁論の全趣旨)。

原告は、遺産分割協議により故永石の損害賠償請求権を単独相続した(甲一、二)。

4  被告山田・同高知運送の地位

(一) 被告山田は、本件事故当時、被告角の雇用主であった。

被告角は、本件事故の際、被告山田の事業に係る運送に従事していた。

(二) 被告高知運送は、本件事故当時、被告志田の雇用主であった。

被告志田は、本件事故の際、被告高知運送の事業に係る運送に従事していた。

5  損害の填補

原告は、自動車損害賠償責任保険(契約者被告山田)から、三〇〇〇万二一〇〇円を受領済みである。

二  争点

1  被告角の過失の有無

(原告の主張)

角運転車両と安岡運転車両との衝突事故及び角運転車両と永石運転車両との衝突事故は、被告角が運転操作を誤った等の過失により発生したものである。

(被告角及び同山田の主張)

否認する。

本件事故は、角運転車両の右前輪タイヤがバーストし、そのはずみで反対車線に車体約半分を進入させ走行したことによるものであるが、タイヤがバーストした原因は不明であり、その予見は不可能であった。また、タイヤがバーストした場合、反対車線に進入することの予見も不可能であり、これを回避することもできなかった。

2  被告志田の過失の有無

(原告の主張)

志田運転車両と安岡運転車両との衝突事故は、被告志田の車間距離規制ないし制限速度を遵守しなかった過失あるいは運転操作を誤った過失により発生したものである。

仮に、被告志田に右過失が存しなかったとしても、同人には、クロルピクリンの運送に際して、これを安全に積載し運搬しなかった過失が存する。

(被告志田及び同高知運送の主張)

否認する。本件事故は、被告角の過失によって生じたものである。

3  被告角の行為と故永石の死亡との因果関係の有無

(原告の主張)

本件において、クロルピクリンの漏出は被告角の行為に起因するものであり、被告角の行為と故永石の死亡との間には相当因果関係が存する。

(被告角及び同山田の主張)

志田運転車両からのクロルピクリンの漏出、爆発炎上の経過をみるに、もっぱら志田運転車両の法定速度不保持、車間距離不保持のため、志田運転車両が安岡運転車両に衝突し、そして、志田運転車両の貨物の積載方法が不適切であったためクロルピクリンが散乱するに至ったものであり、さらに安岡運転車両の電気配線の被膜が不完全であったため、同車両から出火し、路上に散乱したクロルピクリンが炎上、蒸気化したというものである。右の経過は通常の予測可能な範囲を逸脱しており、被告角の行為と故永石の死亡との間に相当因果関係は到底認められない。

4  損害額

(原告の主張)

(一) 逸失利益 八七八八万〇六一七円

(計算式) 5,714,200×(1-0.3)×21.97048397=87,880,617

(二) 死亡慰謝料 二四〇〇万円

(三) 葬儀費用 一五〇万円

(四) 弁護士費用 一一三三万八〇六一円

(被告らの主張)

否認する。

第三争点に対する判断

一  争点1ないし3について(本件事故の態様等)

1  前記争いのない事実、証拠(丙一、五ないし二一、二四、二五)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

本件事故現場は、愛知県岡崎市欠町地内東名高速道路下り線二九四・七キロポスト付近であり、その付近の概況は別紙図面記載のとおりである。本件事故現場の道路は、片側二車線(走行車線、追越車線とも幅約三・六メートル)の直線道路であり、前方の見通しはよく、最高速度は大型貨物自動車については時速八〇キロメートル、普通貨物自動車については時速一〇〇キロメートルとされていた。本件事故当時、右道路の路面は乾燥していた。

被告角は、本件事故前である平成五年三月三〇日午前零時過ぎ頃、大阪府吹田市付近の中国自動車道上り線で右前輪がパンクしたため、山田運送に連絡を取った上、JAFに依頼して角運転車両に積んでいたスペアタイヤと交換した。装着したスペアタイヤは、タイヤ溝の深さが一ミリメートルにも満たないほどに磨り減っていて(新品タイヤの溝は一七ミリである。)、いわゆる坊主の状態であった。被告角は、スペアタイヤをはいた状態で東大阪市の荷下し先に行き、その後自宅に戻って睡眠をとって、同日午後一時ころ自宅を出発し、携帯電話で山田運送の事務所にタイヤを修理してもらえないかと連絡を取ったところ、山田運送の担当者から当日の修理工場での修理予定は一杯に入っているので、ブリヂストンの橿原営業所に行くように指示を受けたが、予約をしないで行っても大分待たされるかもしれず、そうなると歩合給のため収入を得られなくなると思い、交換したスペアタイヤが坊主の状態で一つ間違えば以前経験したパンクやバーストのようなことが起きかねないとの不安はあったが、仕事による収入を優先し、そのまま出発した。その後、被告角は、鈴鹿で荷物を積み、翌日の同月三一日、仙台に着いてその荷物を下し、仙台・福島で別の荷物を積んで大阪・奈良でその荷物を下すべく出発した。途中、被告角はタイヤに正常な空気圧があるかどうか足で蹴って点検したが、特に異常はないと判断した。

一方、被告志田は、平成五年三月三一日午前、高知市の南海化学工業株式会社で志田運転車両の荷台にクロルピクリン二〇リットル缶四〇〇個を積み、その上からシートを被せた。その後、被告志田は、いったん被告高知運送に戻り、同日午後二時頃、埼玉に向けて出発し、吹田インターから東名高速道路に入った。

被告角は、角運転車両を運転して東名高速道路下り線の本件事故現場付近を時速約一一〇キロメートルで走行していたところ、別紙図面<1>地点で右前輪がバーストして運転席部分の車体が下がり、同図面<2>地点で中央分離帯縁石に乗り上げ、中央分離帯に設置されていたワイヤーロープの支柱をなぎ倒しながら走行し、そのまま車体の約半分を反対車線に進入させたまま、同図面<3>地点と同図面<4>地点の間で、順次、安岡運転車両、志田運転車両、永石運転車両と接触し、同図面<4>地点で停車した。角運転車両のバーストした右前輪のトレッド部分はなくなっていたが、サイドウォールは残っていた。右衝突により、安岡運転車両は横転し、永石運転車両は同図面<甲>地点に停車した。被告志田は、志田運転車両を運転して東名高速道路上り線の本件事故現場手前の追越し車線を走行していたところ、安岡運転車両が志田運転車両の前に進路変更してきたので、時速一〇〇キロメートル程度で安岡運転車両との車間距離を約一五・五メートルに保ったまま三〇〇メートル程度追従走行したところ、中央分離帯付近で火花が発するのを目撃し、対向車が中央分離帯を越えたのではないかと直感し、急ブレーキをかけたが、角運転車両と衝突し、さらに横転していた安岡運転車両に衝突し、安岡運転車両は同図面<ロ>地点、志田運転車両は同図面<い>地点に停止した。

安岡が安岡運転車両から抜け出てから少しして、同車両の運転席下付近から火が出始め、次第に火が大きくなり、燃え出した。さらに、火は志田運転車両にも燃え移り クロルピクリンが爆発炎上し、気化した。右出火の原因は、安岡運転車両において、バッテリーから運転席へ配線されたコードがフレームに固定されていなかったため、走行中の振動や衝突による衝撃で被膜が損傷し、心線がフレームに触れて大電流が流れ、被覆から発火したことによるものである。

角運転車両の右前輪のバーストの原因は、高速運転時に生ずるいわゆるスタンディングウェーブ現象によるものか道路上の釘等の異物によってタイヤが損傷を受けたことによる可能性が高い。スタンディングウェーブ現象は、タイヤ圧の極度の低下やタイヤトレッドの極度の摩耗等の老朽化が原因となって惹起されるものであるし、いわゆる坊主の状態のタイヤはそうでないタイヤと比較してバーストやパンク等の損傷事故が起きやすい。

角運転車両のハンドルはパワーステアリングである。

以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右認定事実によれば、被告角には、右前輸に装着したスペアタイヤがいわゆる坊主の状態であったことを知っていたのであるから、少なくとも高速度運転を控え、突然のタイヤのバーストやパンク等の異変にも落ち着いて対処し得るようその危険性に十分に配慮して進行すべき義務があったにもかかわらず、これを怠って漫然と進行を続けた過失があり、また、被告志田には、志田運転車両には有毒ガスを生ずる薬剤が積まれていたのであるから、通常以上に事故が発生しないように注意し、車間距離を十分に保持すべきであったにもかかわらず、これを怠って漫然と進行した過失があり、本件事故は、これらの過失のために起きたものであると認められる。

この点、被告角及び同山田は、タイヤがバーストした原因は不明であり、その予見は不可能であり、また、タイヤがバーストした場合、反対車線に進入することの予見も不可能であって、これを回避することもできなかった旨主張する。しかしながら、前認定のとおり、いわゆる坊主の状態のタイヤの場合、バーストやパンク等の損傷事故が起きやすいのであるから、とりわけ右損傷事故が高速道路上で起きるとすると、ハンドルを取られ、他人の生命・身体に関わる重大な法益侵害の可能性があることは容易に予見可能であるというべきである。それゆえ、被告角としては、右前輪に装着したスペアタイヤがいわゆる坊主の状態である以上、本来高速道路での走行自体は差し控えるべきであり、それでもあえて走行する場合には細心の注意を払う必要があったというべきである。そして、前記事故態様からすれば、被告角が制限速度である時速八〇キロメートル程度で進行し、かつ冷静に対処すれば、ハンドル操作により、反対車線に車体をはみ出すこともなかったと認められる。したがって、被告角及び同山田の右主張を採用することはできない。

また、被告角及び同出田は、志田運転車両からのクロルピクリンの漏出、爆発炎上は、もっぱら志田運転車両の法定速度不保持、車間距離不保持及び貨物の積載方法違反と安岡運転車両の整備不良が重なったことによるものであり、被告角の行為と故永石の死亡との間に相当因果関係は到底認められない旨主張するが、前記事故態様からすれば、被告角の行為と故永石の死亡の結果とは相当因果関係の範囲内に属するというべきであり、被告角及び同山田の右主張を採ることはできない。

次に、被告志田及び同高知運送は、本件事故の原因は角運転車両が中央分離帯を越えて志田運転車両に衝突したことにあるのであり、被告志田に過失はない旨主張する。しかしながら、被告志田が前車の異変に十分対処し得るような車間距離を保持していれば、中央分離帯付近で火花が発するのを目撃して対向車が中央分離帯を越えたのではないかと直感した後、直ちに適切な衝突回避措置を講ずれば、角運転車両との衝突を回避するか少なくとも衝突の程度を緩和することができ、かつ、安岡運転車両との衝突を回避することもできたと認められるから、被告志田及び同高知運送の右生張を採用することはできない。

二  争点4について(損害額)

1  逸失利益 六二七七万一八六九円

証拠(甲一、四)によれば、故永石は、本件事故当時、二六歳(昭和四一年七月二七日生)であり、年収五七一万四二〇〇円であったと認められるところ、本件事故に遭わなければ、二六歳から六七歳まで稼働することができたと解されるから、右収入を基礎に、故永石の生活態様(甲一)にかんがみ、生活費控除率を五割として、新ホフマン式計算法により、年五分の割合による中間利息を控除して、右稼働期間内の逸失利益を算出すると、次の計算式のように、六二七七万一八六九円となる。

(計算式) 5,714,200×(1-0.5)×21.97048397=62,771,869(一円未満切捨て)

2  死亡慰謝料 二〇〇〇万円

本件事故の態様、故永石の年齢、その他本件に表れた一切の事情を考慮すると、故永石の死亡慰謝料としては、二〇〇〇万円を認めるのが相当である。

3  葬儀費用 一二〇万円

本件事故と相当因果関係にある葬儀費用としては、一二〇万円をもって相当と認める。

4  右1ないし3の合計

以上掲げた損害の合計は、八三九七万一八六九円であるところ、右金額から自動車損害賠償責任保険(契約者被告山田)から支払われた三〇〇〇万二一〇〇円を控除すると、五三九六万九七六九円となる。

5  弁護士費用 四八〇万円

本件事故の態様、本件の審理経過、認容額等に照らし、弁護士費用は四八〇万円を相当と認める。

三  結論

以上の次第で、原告の被告らに対する請求は、各五八七六万九七六九円及びこれに対する本件不法行為日である平成五年四月一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官 山口浩司)

交通事故発生現場見取図

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